〜 自分の内に吹いている 風の響きに耳を澄ます 〜

脳内お天気しあわせ研究学会

脳内お天気しあわせ研究学会

私の脳内でときどき開催される「脳天気なしあわせ」がテーマの学会です。
このページでは、学会で今までに発表された論文(???)を全て掲載しています。

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 もくじ

 - はじめに(学会のはじまりの話)

 - しあわせエネルギーの法則(学会開会宣言文)

 - アホのすすめ

 - 人の花咲かプロジェクト

 - セルフサービス万歳!(最新論文)



<はじめに> ー 学会のはじまりの話 ー

2001年の1月のある日、家で買ったばかりのパソコンを前に、
ブラインドタッチの練習をしていました。

まだ練習を始めたばかりで、目はキーボードから離せず、
間違って打っては消して‥を繰り返していました。

その練習中に、突然、頭の中で「パンパカパーン♪」と音がしたのです。

「え?」と思ったら、頭の中に「ピロピロピロピロ〜〜」と万国旗が広がり、
「え?え?え?」と驚いていたら、また頭の中で
「しあわせエネルギーの法則〜!」っと声がしました。

「あ、はじまる!大変大変!」と、いつもなら近くにある紙とペンを手に取るのに、
その時は何を思ったのか、目の前のキーボードの上にサッと手を置いたのです。

次々と頭の中に言葉がひらめくのと同時に、
指が勝手にキーボードをパタパタたたいていました。

目はパソコンの画面を見つめながら、次々と打ち出されて来る文章を
私は「ほうほう、なるほど、ふんふん、へぇ〜」と読んでました。

打ち終わったと同時に読み終わり、「?。えっと‥なんで私、これ打てたんやろ?」
となり、試しに何か打ってみようと、適当に思ったことを打ってみたところ、
パタパタパタパタ〜〜とすらすら打てました。

「‥‥。なんでかわからんけど、ブラインドタッチできるようになってる。ラッキー♪」
と、それからはいつでもパタパタ打てるようになりました。



それでは、はじまりはじまり〜。


「しあわせエネルギー」の法則


しあわせエネルギーは、とても軽くて優しいのが特徴。

脳天気にふわふわといろんなところに飛んでって
人々のガードを溶かします。

身の回りのそこここにある、
日々の小さなしあわせ、心の中の小さな声
瞬間瞬間の自分にとっての心地よさを感じながら
ひとつひとつを選んで生きる。

そんな日々の暮らしの中で、しあわせエネルギーは
ぽこぽこと小さくしずかに生まれてきます。

しあわせエネルギーはまた
わくわくエネルギーと呼ばれることもあり

発生時刻や震源地がいたって見極めにくく

「気がつくとすでにその状態だった」

ということが多いという特徴が挙げられます。

またひとにとても伝染しやすく、感染すると
細胞のひとつひとつがなぜか突然活性化して

女の人がとても美しくなったり
男の人が急に力持ちになったり
学生さんがみるみる勉強が出来るようになったり
おじいさんの白髪が黒くなったり
不治の病が治ったり・・

とその効能は数え上げるとキリがありません。

人間の「嬉しい、楽しい」から発生する
ヤル気エネルギーは、とてつもないパワーを持っていて

人間の特性である果てしない想像力と限りない創造力を
瞬時にして生み出します。

完全に安全でしかも、なんと元手はタダ。
こんな素晴らしいエネルギーを使わない手はありません。

さあ、みなさん!

この想うだけで誰にでも簡単に手に入る、
安全で創造性の高い、

21世紀型わくわく無限エネルギー

を日々の暮らし有効に利用しようではありませんか。 



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アホのすすめ


一、アホは頭に穴が空いているから空気の通りがよい。

一、「反対の賛成!」バカボンのパパを見よ。

一、アホは限りなく子供に近い大人である。

一、アホは自分とひとの区別がつかない。

一、アホは本当に自分が面白いと思うモノに敏感に正直に反応する。

一、アホは楽しい。ただひたすら楽しいだけ。

一、アホには期待のしようがない。ゆえに緊張もない。ので、ラクチン。

一、アホには守るべきモノや失うモノが何もないので怖くない。

一、アホは正しくも正しくなくもないので、いつも平和。

一、アホには誰もいどまない。アホは誰にもいどまない。


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人の花咲かプロジェクト


むかーし昔、
人々は持って生まれた能力を特に活かせることもなく
まるで生活をするために生きているかのようでありました。

一日の時間のほとんどを労働に使っていた
もったいない時代がありました。

その頃、人々の多くは、自分の中心から少し
あるいは完全にズレたところで生きておりました。

元気の源である「自分の中心」とつながって生きていないため
精神的に不安定になったり、イライラしてすぐに腹を立てる人々が
たくさんおりました。

そういった人々の想いや行動の源にあったのは
「恐れ」でした。

「恐れ」が想いの中心にあるので、
人々は競争原理や奪い合いの精神に
突き動かされておりました。

心の病にかかる者がどんどん増え
家庭の中での暴力や
学校や職場でのイジメ
環境破壊に戦争と
世界は破壊のエネルギーに満ち満ちておりました。

そんな時代がどんどん進行して行く中で
この世界をあきらめるのでもなく
嘆くのでもなく
はたまた批判するのでもなく
本来の人の持つ力を信じて
ただ黙々と種を蒔く人々がおりました。

種を蒔く人々は
「問題の原因は人が自分自身の中心とつながって生きていないためだ」
ということに気づいておりました。

ですから人々が自身の中心に戻れるような機会をつくっていこうと
それぞれ自分の好きなことや得意なことで種を蒔いてゆきました。

ところで種はどのようにしてできるのでしょうか?

種を作るには花を咲かせればいいのです。

一人ひとりが自分の花を咲かせれば、そこに種は生まれます。

土の中には長い間眠ったままの種が何千何万とあるそうです。
それらの種は、何かの拍子に土が耕されたり
揺り動かされたりすると、その刺激で目を覚ますそうです。

人の中にもたくさんの種が眠っています。
そして、何かの拍子に心がほぐれたり
感動して心が動かされたりした時に
心の種は「ぴこっ」と目を覚ますのです。

種が目を覚ましても、芽が出て花が咲くまでは
しっかり世話をしてあげなくてはいけません。

芽がまだ小さい時には
外からの強い雨風から守ってあげ
伸びはじめたら今度はせっせと水をやり
陽に当ててあげるのです。

それは自分自身の仕事です。

人が花を咲かせれば
その花を見た他の誰かの心が動き
眠っている種が目を覚まします。

一つの花からは、たくさんの種が生まれます。
そして、さらに、人は「種を蒔く」ことができるのです。

未来の実りをイメージし、土を耕し、種を蒔ける、人という生き物。

黙々と種を蒔く人々の行為が、ある一定値を越えた時
世界中に一斉に花が咲きはじめました。

それらの花々を愛でることによって
さらに人々の中に眠っていた種も次々と目を覚ましていきました。

こうして世に咲く花はどんどん増えていき
世界はあっという間に
色とりどりの花でいっぱいになりました。

きれいな花を見て、「きれい・・・」と愛でる時
人は自分自身の中心とつながっています。

愛でるとは、すなわち愛の状態にいるということです。

こうして世界は今のような
愛のエネルギーで満ち満ちるようになったのでした。

おしまい。


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セルフサービス万歳!


恋愛関係とか夫婦とか家族とか友達とか
人間関係なんでもそうですが
まず個々がそれぞれ自分の足で立つことが大切。

それが健全で良質な関係性の土台です。

自分の面倒は自分で見ること。
ここでいう面倒とは精神的な面倒のことです。

そして相手に対する尊厳を失わないこと。
それにはまず自分自身に対する尊厳を失わないことが大切です。

相手に対して失礼な態度や不当な扱いをする人
あるいは相手のことを思いやらず
自分中心の無理な要求をしてくる人は
相手に甘えているわけです。

こういう態度に甘んじる(困りながらも受け止めてしまう)と
一人で立てないその人をこちら側から支える
という構図を一緒になって作り出してしまうことになります。

それがひどくなってくると
お互いその関係性無しにはいられない
という少々やっかいな感じになってきます。

例えばドラマなどでお馴染みの
「私がいないとダメなのよ、あの人は…ふっ(笑)」
というように、甘えられる側がそこに
自分の存在意義を見いだし始めると

甘える側はその人といる限り
精神的に自立して生きることがさらに難しくなります。

甘える方が相手に対する尊厳を踏みにじる
ことから始まったのですが

それに甘んじた瞬間に甘えられる側は
自分の尊厳を相手に明け渡したことになり
自分で自分を不当に扱ったことになります。

私たちは人から不当な扱いを受けた時に
相手によって傷つけられたように思いがちですが

本当は、それに甘んじて、自分で自分を明け渡したことによって
自分の中心が深く傷ついているのです。

ことを荒立てたくないからとか
相手の方が立場が上だからとか
とっさにどう対応していいのかわからないからとかいう理由で
「甘んじる」という選択を自分がしたにも関わらず

たいていは自分を不当に扱った相手に対して、後から
「ひどい!」と腹を立てたり、泣いたり、恨んだりします。

でも、受けとったのは自分なのです。
受け取りたく無いものは、受け取らなければいいのです。

そうすれば、自分の尊厳は失われません。

相手が出した甘えのエネルギーは
誰にも受け止めてもらえず宙ぶらりんのままです。

それは出した本人にとって、かなり心地の悪い状態なので
相手は同じことを安易に繰り返すことはなくなるでしょう。

またこの「受け取らない」という態度は
自分の尊厳を守ると共に
相手の尊厳を守ることにもつながります。

相手を弱い存在と見ないからです。

相手は今は、甘えられる人を常に必要としているけれども
本当は自分の足でしっかり立てる人なんだという
深い信頼と愛の気持ちを持って

さらりと柔らかくニッコリ笑って
他人の甘えは全て丁寧にお断りしましょう。

自分のスペースも時間もエネルギーも
かけがえのない自分のものです。

大切に扱いましょう。

他人のスペースも時間もエネルギーも
かけがえのないその人のものです。

大切に扱いましょう。

私たちは本来、限りなく自由なのです。

その自由を制限するのは
環境や他人の態度などではなく
自分自身の考え方と態度だけです。

自分以外の誰にも自分を傷つけることなど出来ないのです。

自分の責任を自分で取る。
つまり全てのことを自分の意思で選択し行動する
これが自由を手に入れる鍵なのです。

真のしあわせとは限りない自由と共にあるものです。

さて次に「自分の面倒を自分でみる具体的な方法」
について述べたいと思います。

自分の面倒は自分でみる。
それはつまり心の飢えや乾きは
「基本的に自分で癒しましょう」
ということです。

自分にたっぷりの栄養とたっぷりのお水を与えるのは
自分自身の仕事です。

人にねだったり、人から奪うものではありません。

愛という名のもとに
人から貰おうとする人はたくさんいらっしゃいますが、

そういう人にとって大切なのは「自分自身だけ」
という場合が往々にしてあります。

それは「純粋な愛」などではなく
「100%ピュアーエゴイズム」でございます。

どうして皆、自分で自分を愛することをせずに
人から愛を貰おうとするのでしょうか?
エネルギーを奪おうとするのでしょうか?

それは「自分で自分を慈しみ満たす」という発想がないからです。

それ以前に、自分の飢えや乾きに気づいていない場合もあります。

まず「自分の淋しさに気づくこと」
これが始まりの始まりです。

自分の淋しさに気づいたら
その淋しい自分を両手でそっと抱きしめて
しばらく静かに味わいましょう。

涙が出てくるなら泣けばいいのです。
自分の深いところに触れた状態でさめざめと泣くのは
とても心が安らぐものです。

(これは感情に溺れて泣くのとは違います。)

そうすると、不思議と淋しさは溶けて消えていきます。
深いところで、ほっと心がくつろぐことでしょう。

これを「自分ヨシヨシ」といいます。

これ、結構使えます。

さんざん泣いてほっとしたら、だいたいお腹がすきます。
そしたら好きなものをお腹いっぱい食べればいいのです。

すると、かなりしあわせになります。

ほっとした上にお腹いっぱいになったら、だいたい眠くなります。
そしたら気が済むまでたっぷり眠ればいいのです。

たっぷり眠って目が覚めたら
気分爽快でお腹の底から元気が沸き上がって来ます。

そうしたら、その時に一番やりたいことを
思いつくままにやればいいのです。

赤ちゃんの時は誰でも自然にやっていたことです。
大人になって忘れてしまっていましたね。

でも基本はここなのです。
人の自然はここにあるのです。

本当はこんなに単純なんですね。

頭で考え過ぎて、複雑になってしまって
何だか混乱してしまいがちですが

しあわせって実は「セルフサービス」で
簡単に手に入れられるものなんですね~。


ところで、

やりたいことをやろうとすると
上手く行く時も
上手く行かない時もあります。

上手く行く時は愉快だし
上手く行かない時は不愉快です。

ここです。
ここからが赤ちゃんと大人の違いです。

赤ちゃんはここで不機嫌になり、泣いたり暴れたりします。
これは仕方のないことです。
なぜなら赤ちゃんは口や手足がまだ不自由だからです。

私たちは大人です。自由です。

ですから、上手く行かない場合は
立ち止まり、観察し、考えて
自分で対処することが出来ます。

やりたいことをやってみて、上手く行って愉快になるのを
「人生の楽しみ」というならば

やりたいことをやってみて、上手く行かなくて困るのは
「人生の醍醐味」と言えるでしょう。

これがあるから人生面白いわけだし
成長・進化する「きっかけ」は、ここにしかないのです。

なのに、せっかくのこの妙味を味わわず
味わわないどころか、上手く行かないとすぐに不機嫌になって
赤ちゃんでもないのに泣いたり暴れたり

それだけならまだしも
口や手足の自由が利くのをいいことに
他人に危害を加える人までいます。

こういう人はもちろん成長や進化の楽しみとは無縁です。

しかし人とは本質的に成長し進化を求める生き物です。

ですから、欲望を満たすためだけに生きていると
真の充足感というものはいつまでたっても得られません。

するとどうなるかというと、いつも何だか満たされず
虚脱感でポッカリしたり、意味もなくイライラしたり
わかりやすい表面的な欲望を満たすことにやっきになったりします。

表面的な欲望というものはたいてい外に求めるものなので
上手く手に入れられる時と、そうでない時があります。

上手く行くと、さらに欲しくなり
上手く行かない時は不愉快になる→泣く、暴れる
の繰り返し。

これではエネルギーも莫大にいるし、へとへとになるし
どこまで行っても満たされないし‥‥。

いやホント、これは大変だと思います。

でもまぁ、はたから見ていて大変そうでも
本人がそのやり方を気に入っていて
特に困っていないなら、別に変える必要もないわけです。

基本的に自由なわけだし、人に迷惑をかけない範囲で(!)
みんな自分の好きなやり方で生きるのが一番良いと思います。

私はどちらかと言うと、
省エネ&自家発電、セルフサービスで
公害も少ないのが好みでございますので、
安全・安心・安価をモットーに平和で自由で楽しい人生を
お気楽にきゃらきゃらと生きていきたいと思います。


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